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MIKINOTE

作品制作とその他思った事を書くブログ

今月33歳になるけど、100歳になっても時代についていけるじじいになりたい

生き方

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最近どうも疲れが溜まっている感じでして、なんでかな〜と思ったら引っ越しが控えていたりとか、このブログを始めたばかりでまだちょっと勝手がわからない感じで慣れていなかったりとか、いろいろと原因として考えられそうなかんじです。

新しいことを始めたり、新しい環境に順応することって、ものすごい量の体力と精神力を必要するのです。だから、今のようなバタバタしている時期というのは、普段よりも疲れを感じてしまっても仕方のないことなのだと思います。もっと体力欲しいな〜。

ところで、今までの人生、いろんな場所でいろんな人たちと過ごしてきて感じてきたことがあります。

それは、何かと新しいことに関して「拒否反応」を示す人が多いということです。年齢には関係なく、異常なほど保守的な考え方の人ってよくいますよね・・・。でもそれって、ものすご〜くもったいないことだと思うのです。だって、世の中には新しい技術だとか、新しいコンテンツなどが次々と生まれているわけですからね。人生の半分を損していて、すっごく可哀想だな〜と思います。

これまでの時代も、そしてこれからも、とてつもないスピードで時代が移り変わっていくはずです。そんな時に時代の変化についていけないようだと、全くもって楽しくないと思うのです。

・・・楽しくないだけならば、まだましかもしれないです。場合によっては生きていくことすら困難になってしまうかもしれません。

だから僕は、「100歳になっても時代についていけるじじい」になる!ということを人生の目標の一つとしていたりするのです。

新しいことにチャレンジしても体力を消耗しないくらいの順応性が欲しい

先日も、似たような事を書いた気がしますが、「新しい環境」や「自分にとって慣れないこと」を恐れてはなりません。

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人は、新しいことにチャレンジすることで、初めて成長することができるからです。逆に言うと新しいことに挑戦しない人間は何年たっても変わらないし、成長することもありません。日々のルーチンワークをこなすだけで一生を消費してしまう事になってしまうのです。

運良く、自分の経験したことのない何かを経験できる機会にめぐりあうことが出来たのならば、それをめんどくさいと思うのではなく、積極的にチャレンジをしていくべきなのです。

どうして人は年をとると、好奇心すらも衰えるのか?

年配の人って、新しいことを始めることに拒否反応を示す人が非常に多いです。特にパソコン関係のいろんな事とか、若いもんに丸投げする人が多いですもんね。きっと、どこの職場でもそういうことがあると思うのです。エクセルが出来ないとか、ホテルの予約が1人では取れないとか、メールが送れないとか・・・そういうことがマジであるからびっくりですよね。

上司なのに・・・一番頼りにしたい存在なのに、一番使えないとかw

年を重ねると、脳細胞が劣化して、物覚えが悪くなるというのはしかたのないことだと思います。しかし、だからといって、守りに入ることもないと思うのですよねぇ・・・

出来ないなりに、新しいことには興味を持って遊び感覚でいじれば良いと思うのです。そうすれば、徐々に覚えていくものですからね。好奇心だとか、ワクワク感というものすらも欠如している年寄りが多すぎるのです。

本来尊敬すべきはずの、自分よりも2倍以上の年齢の人間の消極的な姿は、見るに耐えません。だからこそ、自分だけはそうはなりなくないと日頃から思っているのです。

リスク

新しいことにチャレンジするというのは、少なからずリスクを伴うものです。

例えば、僕は今月末引っ越しをするのですけど、引越し先の地域の周辺住民が良い人なのかとか、全く予想出来ないです。もしかしたら、隣人がカタギではないかもしれないし、近所のゴミ屋敷とかがあって異常なほどGが大量発生している地域であるかもしれません。まあ、こんなことは考えても無駄ではあります。とりあえず、引っ越してみないとどんなリスクがあるかわからないですから。

引っ越しをする理由というのは、現在よりもより良い家や地域に移り住むためだったりするわけです。リスク以上のリターンの可能性を信じて、引っ越しを決行します。


それと、このブログも始めたばかだったりするのですが、はてなブログで新しいブログを始めたというのも、かなりの勇気が必要なことでした。何しろ、1年10ヶ月程の期間育てたブログから、メインブログを変更したというわけなのですからね。

これも、以前やっていたブログよりも、もっともっと良いブログを作ろうと思ったからこそ、決断して始めたものなのです。

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リスクだけを見ていては何も始まりません。もしも、現状の何かを変えたいと望むのであれば、少しだけ勇気を出して一歩目を踏み出すことが必要なのです。

失敗が許されない社会

先程、年配の人がパソコンを使えない人が多いとかそういうことを書いたわけなのですが、これは若い人も同じです。「ユトリガ〜ユトリガ〜」とか言われてしまうように、お世辞にもチャレンジングな精神を持っている若者ばかりではないというのが現代日本の現状です。

というのも昨今の世の中と言うのは、失敗が許されない社会が完成しつつあるように感じるからです。なかなか就職できなくて就職活動が長期化する問題とか、ブラック企業の問題とか、最近はいろいろとありますからね〜。少し前の時代と言うのは、若い時の失敗は、あとで取り返すことが容易でした。ところが、近年は一度の失敗で人生が「積む」可能性が否定できなかったりするのです。

今の若い人にとって、「たった1度の失敗」は「人生の終わり」みたいなくらいにシビアです。ともかく、一寸先は闇という状況が非常に良くないのですよねぇ・・・。出来る限り、失敗のリスクを排除して行動をするという選択肢しかありえないというのが、最近の若年者の普通の考え方なのでしょう。

ゆとり世代の人は仕事で「指示をされないと動かない」と言う話がありますが、それは自然なことです。なぜなら、経験が少なくて未熟な自分の判断よりも、経験豊富な上司の指示の方が間違いがないからです。失敗する可能性を極限まで排除している結果というわけですね。

そうした、「失敗の許されない状況」というものが、子供の頃から積み重なって、結果的には「チャレンジ」するとか「自分で考える」ということを忘れてしまうのかもしれません。

とにかく今のヤングな人達には余裕がないのですよ。

失敗していいこともあるのだよ

若い人も年配の人も、それぞれの理由でリスクを避けようとしてしまいがちです。でも、世の中には失敗しても良い、小さなことってたくさんあると思うのです。失敗したとしても、ちょっと恥ずかしいだけで、それで人生積んだりとかしないようなことですね。

ところが、多くの人は普段の「失敗が許されないような風潮」に影響されてか、縮こまってしまっている場合が多いのです。そうやって、無難に無難に生きていくのも、それはそれでありかもしれないですが、それだとおもしろくないと思うのです。

「魅力的な人間」と言うのは、端から見ても活力が溢れていますよね。そういう人って、普通の人と何が違うのかな〜と考えたら、何事も恐れないし、多少のリスクは関係なしに飛び込んで行く人が多いです。

失敗しても、どうということはない事柄と言うのは、自分にとっての成長が見込めるのであればどんどんチャレンジをするべきなのです。逆に言うと、細かい失敗はたくさん積み重ねたほうが良いです。そうすることで、人は成長をしていくものですからね。

新しい経験はおいしい

今までに経験したことのない事を経験できるということは、素晴らしいことです。なぜなら、それだけ脳みそに多くの刺激が入ってくるからです。

そうすることで、人は変化することが出来ます。

僕、「変化」というのは「成長」と同義だと思っています。なので、どんなことでもいいけど、「自分の知らない新しい世界を知る」ということは、生涯継続して続けていくべきだと思うのです。そうすることで、人はずーっと成長をし続けることができるからです。

新しい経験と言うのは、自分のレベルを上げるためには手っ取り早いものなのです。まあ言ってしまえばメタルスライムみたいなものですね。

時代についていかないとお仕事なくなっちゃうよ

なぜ、こんなに「時代についていくということ」について、こだわるのかと言うと、その理由の一つが、将来的に現在の多くの職業がなくなってしまうという話があるからです。

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上記のリンク先はアメリカの話ですが日本だって同じようなものでしょう。これによると、単純で、ロボットでも代用できそうな仕事は、今後20年以内に消滅してしまう可能性が高いとのことです。ここ最近は、いわゆる人工知能などの研究も盛んにされていますからね〜。「そりゃ仕方ないよね」と思います。

長い目で見た場合、今後は「クリエイティブな仕事」以外は生き残ることはないと言っても過言ではないのです。人間のできることで、ロボットが真似できない部分というのは、「新たなものを生み出すこと」くらいしかありませんからね。

また、クリエイティブな仕事と言うのは、非常に高度な知能が要求される場合が多いです。そうなった場合に、十分な「成長」ができていない人間から職が奪われていってしまうという事態が起こるのだと思います。今まで、言われたことだけをやって生きてきた人は、絶対に生き残ることは出来ないのです。

昔から続いている労働者を育てる教育法のせい

でも、現在のような消極的な人間が多い理由というのは、その人のせいというわけではありません。ぶっちゃけて言うと、「日本の教育制度」の問題が大きいです。

というのも、日本の教育システムと言うのは、昔からほとんど変化がないからです。

戦後、高度経済成長によって日本がこれほどまでの発展を遂げることが出来たというのは、日本の「学校教育」のおかげです。小中学校の義務教育、高校、大学と進学していく中で、企業にとって優秀で従順な人間を生み出してきたという、実績があるからです。

しかし、今となっては、その手法というのはとてつもなく古い教育法なのです。だって、今も昔も義務教育でやってきたことって、「工場で働く労働者」や「上司の言うことは絶対な会社員」を育てるためのものですからね。

それは「自分で考える」というスキルが全く身につかない教育です。だから、よっぽど自我が強くて、学校で反発してうまいこと周りに溶け込めないようなはみ出し者でないと、将来的には生きていくことすら危うい可能性すらあるのです。

こんな教育と言うのは、本当だったらとっくに時代にマッチしているものに変わっているべきなのですよ!

そうでないと、いざ自分が老人になった時に、時代に置いてきぼりにされてしまうでしょう。そのために今からできることは、年をとってからも成長を絶やさないために、意識的に新しいことにチャレンジし続けることなのだと思います。

まとめ

僕は、今月の30日で33歳になります。ちょうど、若くもないし年寄りでもない、中途半端なお年ごろです。だからこそ、若い人のことも年配の人のことも、なんとなく客観的に見ることができる気がしております。

新しい経験をすることで、人は変化や成長をすることが出来ます。だからこそ、失敗を恐れすぎてはいけないし、今まで関わったことのないようなジャンルのことであっても、尻込みしてはならないのです。

僕の将来の夢は、「時代の流れについていける爺さん」になることです。100歳になっても10代とかの若い人と、最新の話題について普通に話すことができるなんて、ステキじゃないですか!

そうなるためには、当然の事ながら、それなりの順応性を今のうちから鍛えておく必要がありますね。いざ自分が年をとった時に、役に立たない年寄りにはなりたくありませんから・・・。だからこそ、今の時代の年配の方も、もっと積極的に今の時代についていく努力をすべきです。

また、この話は僕が適当に言っているだけの話ではなくて、将来的に多くの人に関わってくる話です。なぜなら、僕達人間は「機械」に取って代わられないようにしなくてはならないからです。人間はクリエイティブな部分だけは機械よりも優れています。でも、その部分がちゃんと育っていない人間は20年後の未来には役立たずのレッテルを貼られてしまうかもしれません。

現代の日本の教育システムは最悪です。早すぎる時代の流れに全く追いついていないからです。ところが、これを変えていくためには、教育システムの根幹から変えなくてはならないはずなので、悲しいけれど、しばらくはこのまま変わらないのでしょうね〜。

今の時代というのは、若い時であっても、一度の失敗でやり直しが効かない可能性が高いのは事実です。だからこそ、多くの人間が慎重になるわけだし、本能的にリスクを避けるように行動することになってしまうというのは理解できます。しかし、そこのところをどうにかこうにかして、自制して、常に新しいことにチャレンジしていく精神が必要なのです。

これは、今の時代を生きている人間ならば、年齢を問わず全員に言うことができることです。

まあ、そんなわけなので、ちょっとしたことくらいで疲れたりしないような体力をつけていかねばなりませんね!

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