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MIKINOTE

作品制作とその他思った事を書くブログ

アートと言えるのか?工芸素材を使った用途のない作品の難しいところ

作品制作

www.mikinote.com

先日から展示「LOVE THE MATERIAL in AOYAMA」が始まったわけですが、今回の展示にはいろんなタイプの作家さんが参加しているわけなんですよ。そんで、展示に出品しているたくさんの作品達を見ながらも、個人的にいろいろと思うこともある感じの展示ではありました。

と言うのも、今回の展示のテーマである「素材(マテリアル)」を主題にした作品作りと言うのは難しいよね、と言うことを感じたからです。

そもそも、アートとか芸術とか呼ばれるものは、見る人によっていろんな考え方があるものだとは思います。だけど、アートの本質は人間の精神的な部分に働きかけるものだと思うのです。

だけど、特殊な「素材」を使用してアートな作品を作ってしまうと、どうしても「素材」と「伝えたいこと」の2つのテーマが生まれてきてしまいます。そうすると、コンセプト的な部分がなんとなくモヤッとした感じになっちゃったりしがちなんですよね。

それが非常に難しいところであり、この手の多くの作品に見られる問題点でもあります。

今回のこの記事は、ちょいと難しいマニアックな話になっちゃうと思うし、興味ない人にはホントに興味ない話なのだけど、せっかくなので書いていこうと思います。なるべくに簡単にさわりだけにします。

まだ詳しいことは決まってないけど、25日のアーティストトークイベントでも、こういうことを話すかもしれません。

工芸系素材とアート

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僕は、大学時代は工芸科の彫金を専攻していました。いわゆる金属工芸ってやつを学んでいたんですよね。

なので、今回は素材と言っても、主に「工芸系素材」の話がメインになります。

工芸

「工芸」というのは、美術の中でもかなり特殊な世界です。

と言うのも、素材ありきでものづくりをしていかなくてはならないわけですからです。「素材」から始まって、それをどんなものにするか?というのが主な目的だったりします。

どんなものを作りたいか?から始まる作品とは、根本の部分が違うのです。

工芸というジャンルは細分化すると、主に以下のようなものがあります。

  • 金属工芸(彫金、鍛金、鋳金)
  • 陶芸
  • 漆工芸
  • 染織
  • ガラス工芸
  • 木工芸

本当はもっといろいろあるんだけど、ここでは省きます。何が言いたいのかというと、それぞれの業界で、それぞれの素材を使って、いろんな物を作っている人たちがいるということです。

一般の人からすると、すっごいマニアックな世界だよね。

元々は工芸品を作る技法だった

これらの工芸のジャンルと言うのは、元々は「工芸品」を作るための技法だったんですよ。

  • 貴金属で作ったジュエリー
  • 鉄を鍛えて作った包丁
  • 陶器の器
  • 漆の器
  • 着物
  • ガラスの花瓶
  • 木で作った椅子

上記はほんの一例に過ぎませんが、工芸素材を使って素直に何かを作ろうと思うと、こういう感じの物を作るのが自然ですね。まさに美術工芸品。

伝統的な技法は、伝統的な用途に使用するのが、一番しっくりきます。例えば、陶器の器を見ても、「使いやすそうな器だな」とか「ステキな器だな」とか、普通にそういうことを思うでしょ?大昔から存在していて、陶器の器を見てもそこに対して疑問を持つ人なんていません。

だけど、最近(ここ数十年〜百年くらい?)になってから、工芸素材を使用してアート作品を作ろうという人がけっこういるんですよ。それが、今回の展示に出品しているような人たちだったりします。(工芸出身ではない人もいますけどね。)

そういう若い人間が現れるようになったというのは、芸大や美大という美術(アート)を学ぶ大学に「工芸科」なるものが存在する影響かも知れません。

工芸の世界と言うのは、正直なところ、このまま衰退していく世界だと思っています。職人さんも高齢化が進んで跡継ぎが居なかったりとか、安価な工業製品を多くの人が生活の中で使用するようになって、工芸品の需要がなくなったことからも、逆らえない流れだと思います。

だから、工芸系素材を使用したアートというのは、工芸の技術や、伝統を守るためには、ある意味で必要なことなのかもしれません。

高度な技術が必要すぎる

だけど、問題なのは、工芸に限らず「特殊な素材」を用いたアート作品と言うのは、「素材の影響力」が強すぎるんですよね。

素材そのものがおもしろすぎるんです。そっちに気を取られすぎてしまって、アーティストが本当に伝えたいと思っていることがよくわからなくなってしまいがちなんですよ。

例えば、油絵で描いた絵画作品だったら普通に絵の内容がスッと目に入ってきます。油絵の絵画はごく一般的な技法なので、油絵の技法について言及する意味はないですからね。しかし、漆で描いた絵画作品だったら「漆でどうやって描いたのか?」ということに、気を取られて過ぎてしまいます。場合によっては、絵のモチーフが何なのか?とかそういう基本的なところも覚えてもらえないこともあったりします。

工芸素材には、「どんな素材を使っているのか?」「どうやって作ったのか?」という素材そのものの話だけでも、長時間語り続けることができるくらいの奥深さがあります。

それは非常におもしろいものではあるんだけど、その反面その部分に注意を惹かれすぎてしまうのです。だから、観る人はアートとしての作品の内容が見えにくいのです。作家側も、技法的な話の方が話しやすいから、ついついそっちをメインで話そうとしてしまうしね。

それが、素材系アートの最大の弱点ですね。

展示会場でお客さんと話す時は、「どんな思いで作品を作っているのか?」「どんなことを見る人に伝えたいのか?」という熱いハートを作品を見る人に伝えたいはずなのに、油断してると作品の技法の話ばっかりになっちゃうんですよ。

作品を通して本当に言いたい事まで、話が到達しないなんて悲しいじゃないですか?

作品制作に高度な技術が必要すぎるというのも、問題なんです。

学生時代は悩んでいた

僕も、学生時代は、実用品ではなくて、変な作品ばかり作っていたので、当時はものすごい悩んでいた時期もあったんですよ。

コンセプチュアルな部分をもっと大事にしたいのに、「金属を使わなくちゃならない」という部分が気になって、素材そのものがコンセプトに大きな影響を与えてしまっていたんです。

僕は、彫金研究室というところにいた人間なので、素直に普通にジュエリーとか作っていれば、何にも問題なかったんです。彫金技法で貴金属でジュエリーを作るというのは、誰が見ても疑いもなく普通なことですから、なんかこうおもしろい形のアクセサリーとかを、何も考えずにただ作ればOKだったはずでした。

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↑これ、学部3年の時にジュエリーの基礎課題で作った「ムシリング(ゴキブリング)」なんだけどね。瑪瑙(めのう)とシルバーで作りました。

これはこれでおもしろいんだけど、当時の僕は「ジュエリーでこんなん作ったからなんやねん!」とか思っちゃう人だったんですよ。素直じゃなかったのもあるし、用途がある作品ではなくて、純粋に人間の精神的な部分に働きかける作品が作りたかったんです。

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↑で、これは、いろいろと悩んだ学生時代を送って、大学院生時代最後の作品なのだけど、全部金属で作ってある変な奴らです。でも、表面的な技術は頑張っているんだけど、内容的には消化不良な感じでしたね。考えすぎちゃった感じ。

やっぱり、なんかおもしろいことやりたいけど、金属素材を加工する技術とかが先行してしまって、伝えたい事が見えなくなってしまったのです。

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↑大学院卒業後は、金属と金属以外の素材を組み合わせて制作していたりしました。樹脂粘土、アクリル、木などいろんな素材を組み合わせて使っています。

まあ、卒業してからは金属にこだわることも少なくなって、悩みも減りました。でも、今思えば、まだしっくりくる感じではなかったかもね。

最近の作品

で、最近は、このブログでも何度か紹介しているのだけど、電子パーツを素材として使った作品を作っています。

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これらのシリーズはね、自分の中では、なかなかすっきりとまとまっていると思うんですよ。作品として、「誰かに伝えたいこと」を表現するために「おもしろい素材」を使うことができていると感じるのです。

コンセプチュアルでありながらマテリアルな魅力も感じさせれそうな気がしています。

ここ最近になって、表現したいとずーっと思っていたことが、それなりにできるようになってきたのかな?よくわかんないけど。

電子パーツという、造形用の素材ではない素材を使っているおかげで、ネット上で叩かれたり文句を言われたりすることもあるんだけど、気にしてないです。自分の中では最近の制作スタイルはしっくり来ているので、このまましばらくはやっていく予定です。

素材にとらわれないこと

作品に使用する「素材」と言うのは、ものすごい魔力みたいなパワーを秘めているんですよ。見る人はもちろんのこと、それを使って作っている人も虜にしてしまうくらいにです。

というのも、一つの素材を自由に扱えるようになるまでには、長い時間と厳しい訓練が必要だからです。

僕の場合だと、金属を使って自由に自分の思った形の物を作ることができるようになるまでに、6年くらいかかりました。(大学入学〜大学院卒業)金属で変な形の立体物を作るのってすっごく難しいんだよ。

そして、そこまで必死に頑張って習得した技術を、普通の人は捨てることなんてできないんですよ。たとえ途中で、自分のやりたいことと、その技法がしっくりとこないことに気づいても、そのまま同じことをやり続けるもんです。もったいないですからね。

だけど僕は、当時学んだ技術は一旦すっぱりと忘れて、今は全然関係ないことをやっています。まあ、冷静に考えたら酔狂なことですよね(笑)

今やっている作品制作も、かなり難しい技術が必要なことではあるんですけどね。まあ僕は大抵のことは練習すれば、すぐにできるようになる人なので、新しいこともまた覚えなおせば良いし、全然問題ありません。今までも、そうやって新しい作品のアイデアを考えてきましたからね。

むしろ、過去の自分にとらわれて、保守的になってしまうことの方が危険なことだと思います。

一つの素材だけにとらわれず、上手いこと自分のやりたいことに活かすことができる素材を選択するべきだという話ですね。

まとめ

マテリアルアートと呼ばれるようなタイプの作品は、おもしろいんだけど、アートとして中途半端になりやすいという問題もあります。下手をすると「アートといえるのか?」というところすら、根本的なところさえ怪しくなる場合もあります。

今回の展示に出品している作家さんは、全然面識のない人ばかりなのだけど、まだ学生の人もいたり、作家として活躍している人もいたりします。年齢層もバラバラです。

だからこそ、いろんなタイプの人がいておもしろいですよ。作品を見れば、「その人がどんな人なのか?」「どんなことに思いながら作品を作ってきた人なのか?」ということは、なんとなくわかるからです。

この記事で書いた内容と同じことで悩んでいる人もいれば、問題を抱えていることに気づかないで作り続けている人もいるように感じました。いろんな人がいておもしろいよね。

もちろん、工芸系素材をいい感じに活かしてアート的な作品を作ることが成功している作家さんも世の中にはいることを僕は知っています。だけど、そこまでになるには、本人なりに精一杯悩んで、作り続けることが必要だと思います。

精神的な部分が主題になっている「アート」と、用途のある美術品を制作するための「工芸素材」を組み合わせて、アートを作ろうということですから、難しいのは当然のことです。展示を見ていて、僕が以前めちゃくちゃ悩んでいた内容を思い出しました。


ちょっとマニアックな話になってしまったかもしれないけど、今月の25日(土)にも、展覧会の会場で、この記事に関連した内容も話すかもしれません。(アーティストトーク、40〜60分くらいです。)

タイトルは「素材とアートとその意味」です。(詳しい内容はまだ完全には決まってないです。)

やっぱり、その展覧会と合わせて、感じた率直なことを話したいですもんね。

当日は、スライド用の写真その他をたくさん用意して、原稿も用意して、わかりやすく難しい話をしていく予定です。

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では!

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