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無事に子どもが生まれて普通に家に連れて帰れたことに実感がわきつつあるこの2週間

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少し遅くなってしまったのですが、二週間ほど前に無事に子どもが生まれました。

元気な女の子です。

出産は結果的には問題なかったのですが、予定より早く陣痛が来たり、赤ちゃんの心拍が弱くなったりするトラブルがあってバタバタしてしまったのもあって、無事に終わってもずっと落ち着かないような日々でした。一時は本当にどうなることかと思いました。

その後、母子ともに健康状態に問題なく、退院して帰宅後は夫婦で慌ただしくも楽しく育児をする日々を送ることができています。

生まれてから2週間経って、新しい家族が増えたという実感がやっとわきつつあるという感じです。でも正直なところ、健康に子どもが生まれて普通に家に連れて帰れたということがまだ信じられない気持ちでいっぱいです。言葉にならないけど・・・それって本当にすごいことだと思うんですよね。

というのも、実は今回生まれたこの女の子の赤ちゃん。僕たち夫婦のはじめての子どもではないのです。

約6年前、男の子が生まれました。でも、その子は生まれたときから病気でした。そのために病院から動くことができず、大学病院の小児科のNICU(新生児集中治療室)にいました。

僕たち夫婦はその子のことが大好きでした。ほとんど毎日、面会時間のたびに会いに行きました。いつかは家に連れて帰れる!と信じて、できることは何でもしようと心に決めて病院と仕事場と自宅を往復する日々を過ごしていました。

しかし、生まれてから8ヶ月と少し経った頃、ついにはその子を元気な状態で家に連れて帰ることはできませんでした。

だから、生きていれば6歳になっているはずの今になって、その当時あんなに願っても叶わなかったことが、普通に実現できているという状況が自分にとってはピンとこないというか、現実感の薄い出来事のように感じています。2週間ほど経過してやっと少しずつ時間を取り戻せているような、そんな感覚になり始めているところです。

元気な女の子が無事に生まれました

今回の出産も入院の予定日よりも少し早めのタイミングでの出産となりました。しかも妻の陣痛の感覚が短くなってからがめちゃくちゃ早かったです。正直なところ、「あっという間の出来事」という感じでした。

一時は赤ちゃんの心拍が弱くなってしまい、非常に危険な状態になったりもしたのですが、その後は心拍数は徐々に回復しました。それから1時間もしないくらいで生まれてしまったので、ある意味では安産だったということになるのでしょうか。

心拍が弱まった原因としては、(おそらく)へその緒が首に巻き付いていた事が原因だったそうです。でも、前回の検診などでは全然そういうことはなかったので、陣痛が来て赤ちゃんが動いて巻き付いたのでしょうか?

お産というのは何が起こるかわからないものなのだなあと痛感しました。

その日は病院を行ったり来たりを繰り返してすごく大変でした。でも元気に生まれてくれることが一番なので結果オーライです。

生まれたときから病気だった赤ちゃん

しかし、健康に問題のない赤ちゃんばかりではありません。生まれたときから病気の子もいます。

僕たち夫婦の最初の子どもも難病にかかった状態で生まれてきました。

病名は拡張型心筋症です。心臓が風船のように膨らんで心臓の筋肉が薄くなり、心機能が低下する病気です。今現在の医療技術では、完治するには心臓移植しか方法がない病気です。

医療関係の話は素人が間違ったことを書くとよろしくないので、拡張型心筋症についてここではあまり詳しくは書けませんが、主治医の先生が言うには息子は生まれたときから心臓が通常の10分の1程度しか動いていなかったそうです。この難病指定されている病気の症状の中でも、非常に悪い状態であると説明を受けました。

心臓は血液を送り出すためのポンプのような役割をしています。その機能が弱く血液量が少ないということは、生命維持に必要な全身の臓器の機能も著しく低下してしまいます。免疫機能も非常に弱く、ちょっとした風邪なんかを引いてしまったら、それだけでもアウトになりうるほどの驚異になります。

また、ミルクの量も制限しなくてはならないので、お腹が減っても腹いっぱいミルクを飲ませてあげるわけにはいきません。しかし、だからといって泣かしてしまうと、それだけ体力を消耗してしまうために、できる限り泣かせないようにする必要もありました。

少しの気の緩みが深刻な事態を招く、綱渡りのような入院生活が生まれた直後から始まりました。

このような症状の子を最後まで診てくれた主治医の先生や、つきっきりで面倒を診てくれた担当の看護師さんには感謝の言葉もありません。

しかし、親である僕たちにできることは多くはありませんでした。できることは、できる限り病院に会いに行って、抱っこできるときは抱っこしたり、泣いてるときはあやしたり、おしっこやうんちをしたらすぐにおむつを変えてあげたり、消毒可能な素材で自作したおもちゃを持っていくくらいのことでした。

病状は一進一退で、いろいろと手を尽くしても悪くなることはあっても良くなることは決してありませんでした。何度目かの危機を脱した時、最終的にはやはり心臓移植をするしか助ける道はないという話になりました。

そこで、移植に向けての転院や人工心臓の装着などのために、いろいろと本格的に準備を始めた頃でした。早朝、病院から体調の悪化を知らせる電話がかかってきました。

生まれてから8ヶ月と少し。僕たち夫婦の小さな赤ちゃんは短い生涯を終えました。

その子が生きていた頃、まだ一緒に住んでいるわけではないけれども生活の中心はその子でした。夫婦で「早く元気になって家に連れて帰りたい」と毎日のように話していました。しかしその夢はついには叶うことはありませんでした。

ずっと口や鼻に挿管された状態で、病院の小児病棟の集中治療室の外へは出ることができなかった小さな赤ちゃん。この子は幸せだったのでしょうか?もっとできたことがあったのではないでしょうか?今でもずっと自問自答し続けています。

いなくなってしまった今でも大切なかけがえのない存在です。

次の子も心配だった

その後、体調を崩したりいろいろあったのですが、しばらくしたら夫婦ともに元気になりました。

しかし、心配なことが1つあって、次にもしも子どもができたとしても、その子は大丈夫なのか?という話です。

拡張型心筋症は原因がはっきりしないことが多い病気だそうです。うちの子の場合も、結局原因が何なのかよくわかりませんでした。ひょっとして原因が遺伝だったとしたら?次の子も同じ病気にかかってしまったとしたら?(実際に兄弟で拡張型心筋症という例もあるようです。)

そう考えると怖くて、次の子をすぐに・・・という気持ちにはなかなかなれませんでした。

先月、息子が生きていれば6歳になる頃になって、やっと生まれてきた次の子が無事に健康に生まれて嬉しいと同時にホッとしました。

トラブルもありましたが、最終的には元気な姿を見ることができて本当に良かったです。

まだ、生まれてから2週間ですから今後どうなるかは正直なところわかりません。でも、これからもいつまでもこの子と妻と三人で一緒にやっていけたらいいなと思っています。

まとめ

これまで、このブログでこの話を書いたことはありませんでした。というよりも気持ち的に整理がつかなくて書けませんでした。だけれども、小さな女の子の赤ちゃんが我が家に新しく来てくれて、自分もまた少しずつ平常に戻っていく必要があると思います。

赤ちゃんって、普通に健康に生まれて普通に大きく育っていくものであると思われがちなところがあるように感じます。でも、そうじゃないと思うんですよね。

今の時代、不妊治療を行っている夫婦も珍しくないし、本当に何もなく健康に生まれてくるなんて実はすごいことなのではないでしょうか。

この2週間は家族が増えて忙しかったけれども充実した時間でした。家に赤ちゃんがいるのって良いですね。本当に可愛いです。

兄妹だから当然なのですが、顔がお兄ちゃんに似てるんですよね・・・仕草や表情なんかもそっくりです。なんだか、息子が家に帰ってきたんじゃないかという錯覚をしてしまうこともあります。

6年前に止まっていた時間が動き出したような気がします。

今回のお産も急に始まってあっという間に終わってしまったというのもあって、現実感がないまま時間が経ってしまったのですが、家でかわいい寝顔を見ていると徐々に実感がわいてくるような気がします。

来月には引っ越しを控えていたりして、何かと忙しくなりそうですが、今後は家族三人で頑張っていこうと思います。

以上、無事に赤ちゃんが生まれたよという報告でした。

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